Slide 1
会社概要

沿 革

昭和24年05月

大阪市生野区に於て下垣義夫が、各種印刷機機の修理・改造及び販売を営業目的とし個人経営 下垣鉄工所を創立。

昭和25年10月 下垣ロータリーオフセット印刷機機の設計及び1号機完成を期して、法人に改組株式会社下垣鉄工所と改称し、代表取締役に下垣義夫が就任、オフセット印刷機機の製造販売を行う。資本金50万円。
昭和34年01月 代表取締役下垣義夫他界のため、役員選挙決議により代表取縮役に下垣守が就任。
昭和34年02月 オフセット印刷機槻を制作しつつ、手動式オフセット校正機械の設計試作に着手、完成後大阪市内の写真製版会社及び大日本印刷(株)大阪工場に納入する。
昭和34年08月 主な販売先が写真製版会社になったため、オフセット校正機の外各種製版用機機の設計製作を行い印刷機機の製造を中止し、営業品目を校正機及び写真製版諸機械の製造販売に変更する。
昭和38年10月 国産初のA2版自動オフセット校正機完成。大阪市内、校正専業会社に納入する。
昭和39年10月 菊全版自動校正機完成、名古屋印刷機材展に初出品。
昭和40年12月 需要増大・業務拡張のため、資本金200万円に増資。
昭和43年10月 東京都内に機械納入が多くなりメンテナンスサービスを速やかに実行するため、東京都新宿区西五軒町に東京出張所を開設、関東一円・東北・北海道の営業並びにサービスを実施する。
昭和43年12月 業務拡張のため、資本金500万円に増資。
昭和44年12月 資本金800万円に増資。
昭和45年10月 校正機国内販売市場率70%獲得、市場確保及び増産のため、大阪市内城東区野江2丁目に495平方米の土地購入、鉄筋階延ベ990平方米、冷暖房完備の工場を新築し移転する。
昭和45年12月 資本金1,200万円に増資する。
昭和49年08月 世界最初の分解フィルム自動集版機械を完成、日本・独逸・英国・仏蘭・米国特許の使用権利を獲得する。品名 ピンアクシム レジスターテーブル 型式 PAS-T-900型
昭和49年12月 見当合わせ用フィルム自動パンチ機槻を完成、日本・独逸・英国・仏蘭・米国に特許申請を行う。品名 ピンアクシム オートパンチ  型式 PAS-P-700型
昭和52年02月 ピンアクシムシステムの開発完成は、印刷技術の向上に寄与貢献が極めて大きいとして、日本印刷学会より技術賞の表彰を受ける。
昭和55年02月 輸出第1号磯としてピンアクシムレジスターテーブル及びオートパンチを中国北京市に出荷。
昭和55年05月 米国プリント80シカゴ展にPDIを経由して初めて海外出品をする、手作業フィルム集版工程が機機化されたので絶大な好評を受け即売する。出品機械 ピンアクシム シリーズ2機種
昭和56年05月 第1回グラフ イタリア ミラノ展示会にピンアクシム及び自動オフセット校正磯を出品欧州市場に初参入する。
昭和57年03月 ピンアクシムシリーズ販売の欧州総代理店契約を西ドイツドクターホーリング社と締結して(株)きもと貿易部と契約。
昭和57年06月 ドルッパ'82展示会にドクターホーリング社のブースにピンアクシムシリーズを出品見学者より絶賛を得る。
昭和57年08月 ケムコ フオートプロダクツ社とピンアクシムシリーズの米国販売代理店契約を行う。
昭和58年10月 コンピュータ制御によりオフライン ピンアクシムフィルム集版システムを完成し国内で公表する。
昭和61年03月 自動オフセット校正機に装着した光ファイバー検出装置で、毎回印刷する色濃度を自動検出できる装置が完成したので、特許申請を行い、JP'86展示会に出品公表する。
昭和61年10月 事業拡大及び生産向上のため本社工場隣接地495平方メートル3階建延ベ1,320平方メートルを購入した。
平成1年05月 自動インキ供給装置完成(特許出願)
平成2年04月 平台オフセット印刷機用に自動給排紙装置を完成。(特許出願)
平成7年11月 空気浄化型加湿機YH-1500型完成、販売。
平成8年02月 ラミネート機を製造販売。
平成8年08月 代表取締役下垣守氏の辞任にともない、役員選挙決議により代表取締役に下垣昇平が就任。
平成17年07月 代表取締役下垣昇平他界のため、役員選挙決議により代表取締役に下垣充弘が就任。
平成22年10月 東京出張所を閉鎖。
平成23年4月 本社・工場を大阪府堺市堺区遠里小野町2丁3番3号に移転